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ep5 生け贄

Penulis: 根上真気
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-14 17:15:30

【2】

桟橋のように長々と伸びたテーブルの上座(お誕生日席)に着いたリザレリスは、豪勢な料理の数々が運ばれてくるなりガツガツと食べ始めた。

「うん。まあまあイケるな」

野菜から肉から次々とむさぼっていく彼女の姿は、王女というより育ち盛りの体育会系中学生男子のようだった。お行儀もお作法もあったもんじゃない。

側近のディリアスをはじめ家臣たちは皆、暴食のプリンセスを唖然として見守っていた。

「ふーっ、食った食ったぁ」

食事を終えたリザレリスは、グダっと背もたれに体を預けてディリアスへ視線を投げる。

「食後のデザートは?」 

そんなおてんばプリンセスの態度に対しても、中年紳士ディリアスの対応はやけに落ち着いていた。

「もちろんでございます。只今ご用意いたします」

ディリアスが部下へ目配せをし、部下は速やかにどこかへ移動していく。

しばらくして部下が戻ってくると、リザレリスは「ん?」となる。

「王女殿下。食後のデザートでございます」

ディリアスがそれを、着座するリザレリスの横にひざまずかせた。

それは食べ物にあらず。王女へ差し出されたのは、端麗なる女のように美しい、十五歳の銀髪の少年だった。

「お、おまえはたしか」リザレリスは彼を知っていた。「そうだ。俺...じゃくて、わたしが目覚めた時に最初に目にしたヤツだ」

「さようでございます。私のような者ごときが王女殿下を驚かせてしまい大変申し訳ございませんでした」

美少年はうやうやしく受け応えた。

「で、コイツがなんなの?」

リザレリスが尋ねると、ディリアスはそっと美少年の肩に手を置いた。

「王女殿下のためにご用意いたしました、極上のデザートでございます」

「は?」リザレリスは首をひねる。「意味がわかんないんだけど」

「こちらはリザレリス王女殿下が目覚めた時のためだけにご用意していた、この時代のこの国でご用意できる最高の生け贄でございます」

ディリアスの眼鏡の奥の眼が妖しく光った。

「い、いけにえ?」

その強烈なワードに思わずリザレリスはオウム返しをしてしまう。

「こちらの者、エミル・グレーアムは、女性吸血鬼が元来好む若くて美しい人間の男性ということのみならず、類い稀な魔力も保有しております」

ディリアスが説明すると、エミルという名のその美少年は、細長いまつ毛の間から優しそうな大きい目をリザレリスへ向ける。

容姿端麗なる女のような甘い顔立ちは、男の人格を宿すリザレリスも惹きつけてやまない耽美な魅力があった。そんな彼が生け贄とは、一体どういうことなのだろうか。

美少年が口をひらく。「私は王女殿下のための生け贄です。どうか私の血を吸ってください」

「!?」

リザレリスはぎょっとする。彼が自分のための生け贄だという事実もそうだが、何より彼自身がそれを熱望しているかのように見受けられるからだ。

「ちょ、ちょっと待って」うろたえるリザレリス。「べつにわたし、血を吸いたいとか、全然思ってないし」

それは本音だった。目覚めてから今に至るまで、彼女は一度もそんな欲求を感じたことはない。だからこそ自分が吸血鬼だという実感もなく、自分にまつわること全てが他人事に思える原因にもなっていた。

「な、なんと......」

にわかにディリアスがよろめき、頭を抱えた。

エミルはどうしていいかわからず所在なさげに視線を落とした。

「いや、おまえらだって今ではもう吸血鬼の血も薄れて吸血することもないって言ってたじゃんか」リザレリスは慌てて抗議する。

彼女の言っていることは事実だ。現在の〔ブラッドヘルム〕では、吸血鬼の血を引く者は人口の五割程度になり、その者たちも今ではほとんど人間と変わりなくなってしまっている。

つまり吸血鬼の特性・能力・体質を備えた吸血鬼は、ほぼ存在しなくなってしまったのだ。

ゆえに他国では〔ブラッドヘルム〕のことを「吸血鬼信仰者の国」「吸血鬼教を崇める宗教国家」などと表現することが多い。

「し、承知しました......。エミル。お前はもう退がりなさい」

ディリアスが沈んだ表情で言うと、美少年エミルは深々とお辞儀をしてから、悲しそうに退室していった。

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    【3】「吸血姫の復活だぁー!!」翌日は朝からお祭り騒ぎとなっていた。昨日もそうだったが、今日は熱気の度合いが違う。『五百年間の長き眠りからの吸血姫の復活』それが真の意味で成された。昨日のリザレリスの醜態は完全に覆された。赤飯を炊けー!という叫びが聞こえてきそうな城内の盛り上がりは、またたく間に国中にも波及していった。「な、なんか、ハズいんだけど......」再び玉座に座らされたリザレリスは、肩をすぼめてうつむいた。王女の隣に寄りそって立つディリアスは感慨深く息をつく。「本当に、良かったです」同様に玉座の御前に並ぶ廷臣たちもうんうんと頷く。ますます戸惑いを募らせるリザレリスは、助けを求めるようにディリアスの腕を掴んだ。「な、なあ。あいつはどこにいるんだ?」「あいつ、とは?」「エミルだよ」「彼はまだ医務室で休んでいるはずですが」「本当に大丈夫なのか?」「ええ。問題はございません」「なら、いいけど」「気になるのですか?」「だ、だって、俺...わたしが血を吸ったから」「それが生け贄としての彼の役割なのです」「そ、そりゃそうだけど」「お気に召したのですか?」「お、お気に召したっていうか、あいつイイ奴っぽいし」リザレリスの言葉に、ディリアスの眼鏡の奥の目がキランと光る。「王女殿下がお望みなら、彼を男妾にしていただいてもよろしいのですよ」「だ、だんしょう??」聞いたことのない言葉だったが、リザレリスはすぐに意味を理解した。彼女に宿る前世の男は遊び人。物事を深く考えない割には、そういうモノへのアンテナだけは敏感だった。「そ、それは......」リザレリスは変な気分になる。女に生まれ変わったばかりの彼女には、まだ女としての心構えができていない。だからこそ昨夜「政略結婚」というワードを耳にして、生粋の女以上に気が動転してしまったとも言える。しかし今のリザレリスの心の中には、また別の感情も存在していた。「エミルには、そういうのは違う気がする......」リザレリスは神妙に言った。それは女遊びに明け暮れた前世の人格から出た心の声だった。前世でも、遊び人だったからこそ「遊んではいけない娘」は避けていた。それは危機管理であり、遊び人なりの一応の良心でもあった。とはいえやがてはミスを犯し、最終的には恨まれて刺殺されて転生して今

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  • 転生吸血姫   ep13 吸血姫

    「それ以来、ディリアス様は入室を許してくださいました。それも理由があってのことではありますが。そうして私の心は......その日から王女殿下の美しい寝顔を見ることにより、平穏さを保つようになったのです」......語り終えたエミルは、もう死んでもいいとでも言いたげに、感極まっていた。夜空には煌々と満月が浮かび、数えきれない星々が瞬いている。夜風がリザレリスの頬をそっと撫でた。その時、風に飛ばされたしずくがきらめいた。「お、王女殿下!?」エミルは、ハッとする。リザレリスの頬に一筋の涙が光っていたから。「あ、あれ?」リザレリスは頬をぬぐう。自分でも気づかなかった。ただ、ひどく悲しい映画を観た直後のような脱力感に満たされていた。遊び人だった前世の人格にも、このような感受性は備わっていた。むしろ案外涙もろいところもあった。なので、エミルの話は少々刺激が強過ぎたのかもしれない。「も、申し訳ございません。私がつまらない話を長々としたばかりに。つい王女殿下の前で舞い上がり過ぎてしまいました」どうして良いかわからず、エミルは深々と頭を下げた。まさか自分ごときの話に、王女殿下が涙を流されるわけ

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